適度にがんばる生活

闘病生活、好きなもの、良かったものを。

病名がわかりました

病名が判明しました。

以下、経緯などを書いています。

前々回の記事に出てきた大病院③で遺伝子検査を行ってもらいました。
結果、全部陰性!!!!!!
大病院①②の先生たちは戸惑っており、私も戸惑い、どうすればいいか分からず、①②の先生たちでどの病院で筋肉の症状を診るか私に聞こうとしていたそうです。

私「受診のことなんですけど」
先生「それ言おうとしてました」

馴染み深い病院があったので、そこで診てもらいたい旨を伝えました。
するとすぐにその病院に約束を取り付けてくれ(患者からの初診予約や紹介状持ち込みはできない)、あっという間に馴染み深い病院と繋がることができました。

その後、色々ありながら大急ぎで転院。

通院日。
病院に着いて、懐かしさを強く感じました。
そりゃあそうです。
受診する科は違えど、数えきれないほど入院し、緊急入院もし、夜間救急にもお世話になり、外来では先生とバトルした病院。

いざ診察。
「また症状聞かれるだけだよなー」と思っていました。
全然違いました。
脳神経もここに移したので、最初は脳神経の話。
それが終わり、筋肉の話へ。
私「筋肉のことはどうしたらいいですか?」
先生「あれっ?聞いてない?」
私「???」
先生「先天性ミオパチー」

……。
あの。
私、大病院①②からの連絡を待っていたのですが来ず、迅速に紹介状を手配してくれた①②の先生方も「わからないね〜」と診察で言っていて「痛み止め出すくらいしか……」と言われたのに、この先生は私が知っているていで話している。
「わからないね〜」
わ か っ て い た の で は ?

診察室のイスに手をついて体を支えながら、先天性ミオパチーの説明を聞きました。
激しい運動は控えること。
進行には個人差があること。
心臓の検査などが定期的にあること。
様々な話を聞いたあと、激しい運動(長距離移動)をするとき、高齢の方が使うような車いすは漕ぎにくいので軽量化されたものを使っていいか聞きました。
快くOKの返事をいただきました。
(よく考えたら当たり前なんだけれど)

病名がわかってすっきりしました。そのときは。
会計の待ち時間に、家族に連絡。
驚いた返事が返ってきて、なぜ?と思っていました。

帰宅して、先天性ミオパチーのことをググってみました。
すっきりした気持ちが、どんどん不安に覆われていきました。
晴れのちどんよりとした曇りです。
雨は降りませんでした。

一夜明けて、親しい友人達と恩師に連絡をしました。
(曇りが重くてつらくて、当日の夜更けに連絡した友人もいました)
みな優しくて、ほぼ全員が病気のことを調べてくれて、理解しようとしてくれました。
つらい検査はもうしなくていいんだよね、わかってよかった、できることを楽しんでいこう、みなの温かい言葉達に救われました。
そして、こんなにも優しく柔らかく、調べることを厭わず、そっと寄り添ってくれる友人達と恩師に恵まれたことに心から感謝しました。

家族はというと、あっけらかんとしていました。
ズコーーーーーーー。
「連絡あってすぐ調べたよ」
「あぁそうなんだなあと思った」
軽っ。中華料理屋さんで売っているえびせんくらい軽っ。
驚いた反応をしていた理由は、調べた結果を読んで驚いていたようです。多分。知らんけど。
でもこのあっけらかんとした態度に救われたことは確かです。
病気や障害がわかったあとはいつもこの態度でした。
「なるようになるしかないんだから悩んだって仕方ない」
もはや悟りの境地です。
じめっとした曇り空の雲が、少し動いた気がしました。


2021年8月から始まった私の身体の調査がようやく終わりました。
13ヶ月。長かったです……。

これからは、脳神経の病気と脳の障害と内科系疾患と、新入り(とは言っても生まれたときから症状は出現していた)の先天性ミオパチーと生きていきます。

☆友人と話していて、腕の使い過ぎも私の中では激しい運動に入るため(術後の車いす期間は腕も辛かった)、長距離移動には簡易電動車いすが合っているのでは?ということに気づきました。
スティックで操作する簡易電動車いすなら、袖が汚れることはありません。
(お気に入りのコートの袖が灰色になってショックだった)
……けれど、軽量化されているスタイリッシュな車いすなら軽い力で漕げるかもしれない。
腕が辛くならないかもしれない。
袖も汚れないかもしれない。

希望は捨てずに、挑戦してみようと思います。



長くなりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。